安倍改造内閣が発足し「1億総活躍社会」というスローガンが掲げられました。今のところ、臨時国会が開かれず所信表明もされていないので、その目的や具体的目標はわかりません。むしろ、多様な価値観や生き方と矛盾しそうな「1億総○○」という表現に抵抗を感じる人が多いように思います。
そんな中、10月29日に、「1億総活躍社会の実現に向け議論する国民会議」が開催され、民間議員の1人タレントの菊池桃子さん(戸板女子短大客員教授)が「1億総活躍の定義はなかなか理解されていない部分が多い」と指摘、「一つの言い方として『ソーシャル・インクルージョン』という言葉はどうでしょう、と申し上げた。社会の中に排除するものをつくらず、すべての人に活躍の機会があるという言葉です」と述べたとして注目を集めました。長女が幼少期に脳梗塞を患い教育を受ける機会に困ったことやシングルマザーとしての子育てを経験しており、そのような立場から発言したものと言われています。
「ソーシャル・インクルージョン」とは何か。皆さんは「ノーマライゼーション」という言葉はお聞きになったことがあると思います。「障がいがあっても健常者と同様、当たり前に生活できるような社会こそが、健全な社会である」という考え方ですね。「ソーシャル・インクルージョン」とは、そうした共生社会を積極的に作り出す取り組みを言います。元環境省事務次官炭谷茂さんによれば、社会的に排除され孤立しがちな人を包摂すること、具体的には「仕事」、「教育」、「住まい」、「生活の創造」がカギになるとのことです。中でも仕事が大切だとおっしゃっています。
もちろん「1億」というのは国民全体を表す比喩的表現です。でも、実際のところ日本の人口は現在約1億2000万人です。その2000万人という数字がニート・ひきこもり・孤立無業 (SNEP) 状態にある潜在失業者の数にほぼ等しいことを安倍総理は意識されているでしょうか。さらに、正規雇用が減って、来年働けるかどうかすらわからない不安定な非正規雇用の人が2400万人、失業者も約200万人(うち4割が長期失業者)を数えるのが実情なのです。
「1億総活躍社会」を掲げるなら、とくに障がい者、女性、高齢者、若年者など就労に不利な状況にある人たちの支援を強めることこそが最重要課題ではないでしょうか。すでにアメリカでは昨年7月に労働力革新機会法を制定し、「公的支出は就労に不利な人々(失業者、無業者、非正規含)になされるべき」との方針を打ち出しました。わが国で今年4月施行された生活困窮者自立支援法は、残念ながら実施主体である市町村段階にはまだまだ広がっていません。雇用環境の劣化が進む中で、生活リスクを抱える人の数は増える一方です。
今回の国民会議には、若者の就労支援に取り組む放送大学の宮本みち子氏や認定NPO法人育て上げネットの工藤啓氏も参加されています。政府は11月末までに緊急課題の提言をまとめるとしていますが、そんな短期間でどんな議論ができるのでしょうか。拙速で形式的な議論に終わらせることなく、ソーシャル・インクルージョンの考え方をしっかり取り入れ、総理には、働くことを望むすべての人がその意欲と能力に応じて働ける社会を築くことにこそ強いリーダーシップを発揮していただきたいと願います。